慶応義塾学生諸氏に告ぐ

慶応義塾学生諸氏に告ぐ

福沢諭吉

左の一編は、去月廿三日、府下芝区三田慶応義塾邸内演説館において、同塾生褒賞試文ほうしょうしぶん披露の節、福沢先生の演説を筆記したるものなり。

余かつていえることあり。養蚕ようさんの目的は蚕卵紙たねがみを作るにあらずして糸を作るにあり、教育の目的は教師を作るにあらずして実業者を作るにあり、と。今、この意味をおしひろめて申さんに、そもそも我が開国の初より維新後にいたるまで、天下の人心、皆西洋の文明をよろこびて、これに移らんとするに急なれば、人を求むることもまた急にして、いやしくも横文字読む人とあれば、その学芸の種類を問わず、その人物のいかんにかかわらず、これを用いたれども、限なきの用に供するに限あるの人をもってす、もとより引足るべきにあらず。